極限値:x≠a のワケ
極限値計算は比較的ラクで,ややもすれば計算技術のみに気を奪われがち.
x→a とは,① xは限りなくaに近づくが,② x≠a とします. ①はともかく,②の意味は?
極限値の誕生まで
■ 平均の速さの式&答はOKですね.
すると
次に,t=a という瞬間における速さはどうか?という流れになります.
⇒ 前式※において,x=aとしたいところですが,これはダメなのです!
なぜなら,※分母=0 となるので(この 0/0 の形を不定形といいます).
■ 時計の針をさらに戻します.紀元前からヒトビトを悩ませていたのが「ゼノンの逆理」です.
■「矢は飛べない.なぜなら,瞬間において矢は静止している.どの瞬間も同じだから矢は位置を変えることはできない.したがって,矢は飛ぶことはできない」(ゼノン:紀元前3C, ギリシア)
■ ゼノンの主張を踏まえると,すべての運動体の速さは「静止 ⇔ 瞬間の速さv=0」 となります.
矢が飛ぶのは事実ですので,主張は「間違い」なのでが,反論をしてみてください.彼の言が逆説(パラドックス)として今日まで伝えられてきたわけですから,コトは簡単ではないようですね.
“瞬間”を捨てる
■ 以上のマトメ
前述の式※は平均変化率を表しているが,ある瞬間の変化率を※式から導こうとすると0/0が登場し,行き詰まる!
■ この厄介物を「超絶処理」したのはコーシー(1789~1857,フランス)です.以下は「数学序説」(吉田洋一・赤攝也)に拠ります.
■ コーシーのアイデアは,それまでのヒトビトが固執した”究極“という概念をあっさりと捨てたことでした.
その代わりは
変化に対して 途中の様子 だけを見よう
という発想です.
極限値定義をじっくりと観察する
■ 「xはaにいくらでも接近するがaにはタッチしない,それでもf(x)がいくらでもbに接近するという状況が数学的に示されたときは,f(x)は極限値bをもつとしよう」という考え方です.
⇒ 接近状況証明でもって,極限値なるモノが存在
■ 特に,定義の中で①②の違いに注意しましょう.①は何となく分かりますね(情緒的に).
②の「=」に注目してください.「…=b とかく」です.この場合の=は使用記号の約束であり,2+3=5 の=とニュアンスに違いがありませんか.
根本から理論構築すれば同じ意味の「=」になることが示されるでしょうが,現段階では「強引に=を付けた」という感じかと.
<補足>
■ 引用しました「数学序説」(培風館)は名著・力作だと思います.当時新進気鋭の数学者赤攝也氏が,高大間の数学に横たわる深い溝を埋めるべくペンを取った(キーではなく)であろう”熱”が紙面から感じられます.
■ 次回テーマは「全国学テ:”濃度”が深刻」です(予定).
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